へもか

憶測以上の確定未満

「掃除婦のための手引き書」を読みました

ひょっこり一日だけ暖かな日があった。リスやカササギがおしゃべりし、スズメとフィンチが裸の木の枝で歌った。わたしは家じゅうのドアと窓を開けはなった。背中に太陽を受けながら、キッチンの食卓で紅茶を飲んだ。正面ポーチに作った巣からスズメバチが入ってきて、家の中を眠たげに飛びまわり、ぶんぶんうなりながらキッチンでゆるく輪を描いた。ちょうどそのとき煙探知機の電池が切れて、夏のコオロギみたいにピッピッと鳴きだした。

世界だ。

庭の光景からはじまって、背中に太陽の熱を感じ、蜂のとびまわる音が部屋の広がりを伝え、そこに天井からの煙探知機の電子音が重なる。文章を読んでいることを忘れて世界にいた。ブンとうなって頭のうしろを過ぎる蜂と天井からの電子音を聴いた。

入江にボートを引き上げると、二人は突き出た岩から緑色の水に飛びこむ。水は魚と苔の味がする。

口に味が広がるのを感じる。湖に飛びこんだ、次の文章で水の味。水飛沫でも水音でもなく、水の味。かっこよすぎる。 

野暮ったい仕掛けではなく、純粋に力の強い文章が気持ちいい。

ストーリーももちろんよかったけど、ちょっとストーリーを忘れるくらい純粋に文章がうまかった。うますぎた。もっと読みたい。

誕生日にレゴを贈ってもらった話

恋人から誕生日の贈りものが届いた。

部屋でひとり開封しても佗しいので、箱を傾けて音を聴いていた。カラカラカラと小さなものが流れる音。それは子供の頃にレゴブロックのはいった大きなプラスチックのケースを傾けてパーツを探していたときの音にそっくりで、ケースに顔を突っこんだときのプラスチックの匂いまで思いだすくらいだった。

中身はなんだろう。レゴのことを思いだしただけでもうなんだかうれしいな。

週末になって恋人が遊びにきたのでついに箱を開けた。

 

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レゴーーーッ! やはりおまえだったのか!


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ハアみてください、新品のレゴです、いったい何年ぶりでしょう。


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あきらかな骨パーツは見つけただけでにやにやしちゃうね。


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レゴ骨格かわいい。絵本のようにレゴの取説を何度も読んだよね。


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新品のレゴってこんなピカピカだったのか。


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ツルツルパーツをこんな敷き詰めたこといままでないね。


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ハイ、かわいい。

 

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踏むともっとも痛いパーツの記録が更新されるのではないか。


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このレール状のパーツに肋骨にあたるパーツを取りつける。

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もうこのまま転がしておいてもかっこいいな。


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レゴを組むたのしさと化石を組むたのしさが完全にオーバーラップ(化石を組み立てた経験はない)。


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白いパーツだけの袋、私にはもうバラバラの化石にしか見えない。


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可動する関節は三種類を使い分けている。
これは溝に合わせてカチカチと角度がつけられるもの。


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尾ができた。あとは頭部をガガッと組んで。


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トリケラトプスができました。

背中のカーブや後脚の長さといった全体のバランス。足指に漂う重量感と骨のスカスカ感のギャップ。どこをとっても化石をまえにしたときの発見が綺麗にレゴへとデフォルメされていて感動する。すごいよねえ。

まだティラノサウルスプテラノドンがあるのでたのしみです。

俺のIUT理論の衝撃を聞け

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

読みおえました。

IUT理論というのは宇宙際タイヒミュラー理論のことで、あのABC予想を解決するという画期的な理論です。それを300ページ足らずで理解することができるならすごい。ABC予想を解決するため、IUT理論では異なる数学の正則構造を持つ宇宙を複数用意して宇宙をつなぐ必要があり、こういうタイトルになっている。

まとめると何を言っているのか分からなくなってしまうけど、数学に詳しくない読者に数式をほとんど使わず理論ひとつを説明してみせるのは読んでいておもしろい。技術的な数式にはほとんど触れず、基本思想の解説に限られるので数学ガチ勢は物足りないかもしれない。

実際、IUT理論を解説する本ではなく、IUT理論の衝撃を解説する本だと書いている。

IUT理論の衝撃を語るために本一冊書いてしまった。読む"興奮したオタクのとっちらかった話"といえばいいのか、ひとつの解説をすこしずつちがう表現で繰りかえす奇怪な文章で展開される。

へえって思うかもしれませんけどね、実際に読んでいると、数学界異端のヤバイ集会にまちがって踏みこんでしまった気分。繰りかえしの説明が親切だとも言えるけど、さっきの文章となにか違うのかなと戻って読む作業を繰りかえすことになるのでけっこう疲れる。

第8章(266/297ページ)にして、

この本の内容も、いよいよ佳境に入ってきました。

じゃねえんじゃ! 進行管理どうなっとるんじゃ! しまいにかかれや!

どこに連れていかれるのか分からないこの文章はもはや滝沢カレンさん。数学界の滝沢カレン*1

IUT理論を無事説明できるのか、最後までスリルに満ちています。

*1:さすがにおかしいだろと思ったら、イベントでの講演を書籍化したものだと最後にネタバラシがされました。

こわがりの話

実のところ、私はかなりのこわがりだ。対象は幽霊とか呪いとかそういう類だ。鼻で笑われそうだけど本気だ。本気でこわいので心拍数が上がってしまう。霊感が強いのかというとそういうのはゼロだ。これに関しては逆に幽霊がおびえるんじゃないかってくらい鈍感だ。つまりそういう経験はまったくない。強いていうなら、昨夜ひさしぶりに恋人がいなくて一人で部屋のシャワーを浴びていたとき。たまたま直前にこわい話を読んでしまったのでこわい気分だった。シャワーを浴びながらも目は片方ずつしか閉じないようにして扉のほうを見張っていた。なぜ扉のほうなのかは自分でも分からない。幽霊ならば壁でも天井でも床でも好きなところから襲撃が可能だとおもうけど、とにかく扉だ。見ていると扉のすりガラス越しに黒っぽい影がじっと床にうずくまっている。いつもならあんな位置に黒っぽいものは置いていない。こわくて身体を硬直させながらも全身洗った。扉をあけるときがいちばんこわいが、いちばんの防衛は気づいていないふりが良いとおもっている。なんかそういう異常な事態を受け入れた姿勢を見せたら実現してしまう気がするので。黒っぽいものは風呂にはいるまえにおびえた私が妙な位置に脱いだままにしたパンツだった。ほんとうにこわかった。

【二月の読んだ本】コンセプトを食べる 他

二月の読んだ本(18冊)

今月はよく読みました!
すべて読んだのは5冊だけで、あとは斜め読みです。

今月のオススメは「毒薬の手帖」と「会計の世界史」です。

「à tes souhaits! 」もよかった。56のケーキやデザートのレシピは読んでいるだけでもおいしい。そのコンセプトや狙いを知って食べるたのしみが増しました。

 

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図書館のちかくの部屋

二月十五日

妹と待ちあわせをして昼から銭湯へ行った。風呂あがりには恋人と落ちあう予定になっていたので慌ただしくなったけど、決めた時間目掛けて妹と行動を組み立てるのは正直たのしい。なにか私が間違っていれば妹は訂正するし、妹の許容範囲を超えているなら却下するだろうから、遠慮がいらない。

約束していた時間に間に合って三人でベーグルと野菜(とても安い)を買いに行った。

夜。酔った恋人と今日の話をしていたはずが些末なとこから話が進まなくなり、どちらが何を言いたかったのか思い出せないくらいの堂々巡りをしはじめていた。

恋人が酔うとこうなることが多いと、薄々気づいている。私のほうはといえば、あまり酔っていないので普段とほぼおなじ調子で話している。ということは、いつも口喧嘩にならないのはしらふの恋人がだいぶ譲歩しているんじゃないだろうか。

酔ったときくらい譲ってみようか。

 

二月十七日

不要不急の外出は控えるよう政府の集めた専門家たちが呼びかけていて、そのニュースを会社のデスクで読んでいる。おなじことをやっている人が多そう。

現時点で治療法のないウイルスの感染が拡大していても、あいかわらずこんな調子なんだなとちょっと退屈におもう。映画みたいにパニックにはならないな。国内で何万人も感染してもこんな調子かもしれない。こんな調子が強すぎる。

 

二月十八日

朝、恋人を起こしたら「いまふたりでお寿司を食べる夢を見ていたよ…」と言うので、それは起こしてしまって悪かったなあ…と折に触れて思いだしては一日なごんでいた。

 

二月二十四日

西日でほんのり部屋が明るくなる。道路を挟んだ向かいのマンションの窓で反射して、短い時間だけ西日がはいる。図書館で借りた「風景にさわる」を読んでいたら、声に出して文を読みたくなってきた。音読はきらいじゃなくて、ひとりだったら時々やっていた。

結婚をするつもりで同棲していたとき図書館のちかくに部屋を借りていた。たしか冬で建物と建物が近いせいか部屋は薄暗く湿っぽくて、慣れようとしていたけど苦手だった。相手とは休日の合わない仕事だったので、部屋でひとりのときはよく声に出して本を読んでいた。普通に会話をするような大きな声で。必要なら間を持たせて。

準備をしているときは結婚するつもりだったのに、引っ越した日にいつか飽きるのがわかった。このまま老いるだけだって気がした。どう生きても老いるだけの地味な人生だと受けいれていたけど、これはちがうとおもった。直感だけで決めることはあまりなかったから、自分でもいまだによくわからないんだよね。