へもか

憶測以上の確定未満

残したくなかった人の愛の記録

愛が消え去り跡形もなくなったのなら、記録も一緒に消滅すればよいのである。しかし愛が消え去ったと思っている人間の心の片隅に、記憶というものが、いつまでも存在するように、記録もまた、永遠に存在するものなのだ。
(荒木陽子「愛情生活」p261)

荒木陽子さんのエッセイ集「愛情生活」(1997年)を読みました。

愛が消え去ったなら記録も一緒に消滅すればよい、と書いたその人が、残した愛の記録でした。

著者の荒木陽子さんは写真家の荒木経惟の妻であり自らも写真を撮りエッセイも書いていた。1990年に42歳で亡くなった。

 

続きを読む

分からないんですよ

どうも、rintaroです。

ひとりで散歩しているときに周囲に人もいないことを確認して、指でつくった輪をかざして丸く切り取った雲や空の色を見るんです。私が写実主義の画家だったらあの雲を何色で塗れば描けるのか。分からないんですよ。空全体を見上げているだけだと何色なのか、分からない。それが切り取ってみると色が分かる。

こそこそと切り取って分かったことですが、空は思っている以上に灰色です。さまざまな色味の灰色です。カラーチャートで言えばグレイッシュトーン。スモーキーなピンク。シックなネイビー。そういうのが空の色です。

全体を見なければ分からないこともあって、一部を切り取らないと分からないこともあるな、と思います。

腹筋ローラーを買った

どうも、rintaroです。

めっちゃいまさらながら腹筋ローリストに仲間入りしました。ワーイ。

下腹どころか腕も下半身も締まって身体が薄くなると聞いて、即、買いました。
とはいえ、立ったところからコロコロできるわけもなく膝立ちスタートです。

腹筋ローラーをおえたら筋肉を称えつつコーヒーを淹れアイスを舐めています。

腹筋が筋肉痛になることは想定していたけど、腕さえも強烈な筋肉痛に見舞われてしまいタイツを広げて尻を包むこともままならぬ朝を迎えました。

筋肉痛になるということは効いているということなんじゃないかと、ほくそえみながら今日もコロコロしました。

だれかのロマンが終わるとき

 

どうも、rintaroです。

ついに、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」(1925年)を読みました。

60歳になるまで翻訳しない、と村上春樹が宣言した(結局57歳で翻訳した)ことに倣い、私も読みたいという衝動が読めるという感触にかわるまで、じっと待っていた。

その村上春樹の翻訳はすばらしく1920年代の話とは思えないリアルタイム感があった。

1920年代という時代は学んでいなければコンテクストを共有できないほど昔のことだから本来なら物語から取り残されてもおかしくない。村上春樹の翻訳は、ニューヨーク郊外にならこういうセレブもいるのかもしれないな、とすんなり受けいれられる。

不必要な部分で昔の物語だと感じさせられない、すばらしい翻訳だった。

 

物語はニューヨーク郊外に越してきたばかりのニックの視点で語られる。
隣の邸宅でゴージャスなパーティーを開催するミステリアスなセレブ、ジェイ・ギャツビーと知りあいになる。そこにそれはそれは美しい人妻デイジーが登場。はたしてギャツビーは何者なのか。なぜそんな豪華なパーティーをひらくのか。

スタートからギャツビーの魅力はフルスロットル。
完全無欠の微笑みに華麗なエスコートをサラリとこなす紳士である一方、デイジーをまえにした途端の繊細さや逡巡といった可憐な脆さ。好きにならざるをえない。
ああ、私もオールド・スポートと呼ばれたい。

そんなギャツビーからあふれる強力なロマンチックに包まれていたけど、そのロマンはギャツビーがひとり囚われている虚構にすぎなかった。

この物語そのものがギャツビーのそのロマンのなかで展開されるものじゃなかったのかと、突然一線を引かれたような衝撃だった。デイジーもニックも、ギャツビーの求めているものは実現しないと知っていて、ギャツビーのロマンは続かないのだとはっきり分かってしまった時点で私もギャツビーの傍にはいられなくなった。

ギャツビーが求めていたのはデイジーですらなく、彼が作りあげたロマンの続きだった。そのことにギャツビー自身も気づいたように輝きを失っていく。

だれかが自分のロマンを失うところを見てしまった、と思った。

 

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 
ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック (中公文庫)

ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック (中公文庫)

 

1920年代の勉強もなく 「グレート・ギャツビー」を読んだけど、作家や時代や小説としてどのような背景を持っているのか、「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」を読んでまた読みなおしたい。

【Bluetoothイヤホン】Mpow Magnetoを買いました

どうも、rintaroです。

以前「Bluetoothは断線しない」というエントリを書いたけど、断線した。
左右のユニットをつなぐケーブルが断線したらしく左だけ音がしなくなった。

購入からわずか1年、しかもそのうち半年の秋冬はヘッドホンを使っていて出番がなかったのに、断線。心底うんざりしたけど消耗品と割り切って安いBluetoothイヤホンを買うことにした。

 

Mpow Magnetoを買いました

続きを読む

小さなことに順々に集中する

どうも、rintaroです。

サルサソースを作ろうとおもってトマトを、皮をまないた側ではなく上に向けて置いてみじん切りにしようとしたら包丁の刃が入らなかったので先程包丁を研いだ。研ぐのが上手なわけではないので少し鈍らになったくらいでこまめにやるのだ。

砥石は昔ながらの朱色の砥石で使うまえにたっぷり水に浸けないといけないし、研いでいるとザラッとした赤茶色の水がそこらじゅうにこぼれて金属臭が指に染みこむ。

砥石に対しての刃の角度と砥石から刃を起こした角度を一定に固定したまま砥石全体を使うように大きく前後に研ぐことが基本だけど、斜めに構えたモノを前後させる単純作業は狂いやすい。腕の振りがそれなりに大きいからだろうか。丸まっていた背中を広げて腹に力が入ったことを感じながら足を肩幅に開いて研ぎつづける。単純作業なのでつい考え事をしてしまうのだけどそうするとすぐ乱れる。姿勢を正す。刃にあてた指の腹の皮を削ぐように手前に刃を引く。角度を保つ。往復する数を数えて切っ先から柄のほうへ順番に研いでいく。

今日は包丁を研ぐねと母に伝えてしまったけど、宣言せずこっそり夜中に研いで、翌朝切れ味が良くなったことに気づいてもらうのも楽しい。また姿勢を正す。研ぐ。

さて、刃をかえして研ぐと、始めたときとは違って刃が砥石に吸いつくように感じる。気がするだけかもしれないけど、そう感じたときは十分使える程度に研げているので良しとする。

すごいことなんだけど、研ぐことに没頭できたときはホントに綺麗に研げている。当然かな。あまりに正直ですごいとおもう。

単純作業に没頭してしまいたいときは、単純作業に没頭するのが難しい。それでも姿勢を正すという小さなことに順々に集中していると最近はいつのまにか忘れることができる。

明日はトマトが綺麗に切れるとおもう。