読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

へもか

憶測以上の確定未満

「アノマリサ」を観ました

どうも、rintaroです。

amazonプライムビデオになっていた「アノマリサ」を観ました。

人形をすこしずつ動かして撮影し連続させることで映像にするストップモーション・アニメーションの映画です。監督と脚本はチャーリー・カウフマン

空港と飛行機のシーンから始まる映画冒頭は、人形らしいディテール(顔にパーツの継目を残している)となめらかに動くリアリティが共存する画に圧倒される。

続きを読む

探してしまう

どうも、rintaroです。

昨日今日は祖父の通夜と葬式に参列してきました。

ひさしぶりにあがった祖父母の家で化粧をしてもらった祖父に挨拶してもみんなで棺に収めても一晩おなじ控え室で過ごしても花を詰めながら顔を見ても、真っ白に焼きあがった骨を妹と箸で壷に収めても、どうやっても実感できなくて、会場を移動するたび祖母や従兄弟たちの横に祖父の姿がなくてどこにはぐれてしまっているんだろうと無意識に見回して何度も探してしまった。

祖父の姿をまだ探してしまうかもしれない。

祖母の横ではなくて、いつか母のなかや自分のなかに見つけられるかもしれない。

時間どうかな

あてもなく散歩をしているときに、相手が何か提案してくれて、あ、そうするとしたら時間どうかなと腕時計を見ようと手首を持ちあげている最中に、ほんのついさっき、この話をはじめるまえに相手が腕時計を確認していたことを思いだして、同じことを考えて同じ動作をしたことが可笑しくて腕時計の針を見ながら妙に愛おしい気持ちになるのです。

どうも、rintaroです。

今日のこと。
家に帰る電車に乗っているときに窓の外がじんわり暮れてきて、「夕暮れまで」という吉行淳之介の短篇に出てきた"薄明るさが、薄暗さに変ってきた。"という一文を思い出した。

明るさだと思っていたものが暗さになる、まさにこの瞬間だ、と突然理解したのでつい一緒にいた母に話した。

母と話していて気づいたのだけど、"薄"のつく形容詞は薄明るいと薄暗い以外に何があるだろう。薄らバカ、薄らハゲ、と私がつづけて冗談を言ったがなかなか思いつかなかった。やっと浮かんだのが、薄気味悪い。

どうにも"薄"のあとにはあまりポジティブな言葉は続かないみたいだ。そのうえ基本的には深まっていくことが前提にあるように思う。薄気味悪い男だ、と聞けば続きはゾッとするような展開になると予感するだろう。その男はただ体調不良だった、とか続いたらオ〜イ!とつっこんじゃうよ、私は。

ああ、ほかに"薄"がつく形容詞が思いつかない。気になるなぁ。

 

 

偶然と運命

どうも、rintaroです。

あの名作、「(500)日のサマー」を観ていました。

 有名な映画なのであらすじもいらないだろうけど、グリーティングカードの企画を仕事にしているトム、職場にあたらしくやってきたサマーに運命の恋を感じたのに「恋人はいらないの」という彼女につい調子を合わせて気軽な付きあいを始めたものの、という話。

ボーイミーツガール、男と女の話、セックスフレンドと恋人の話。いろいろな話に感じられたと思いますが、私にとってはなんといっても偶然と運命の話だった。

トムにとってサマーは偶然ではなくて運命の人に感じられた。サマーは一貫して「真剣なおつきあいは考えられない」という姿勢。

そのサマーを相手に、好きな人がいる幸福感と全能感が全身から溢れてしまったり、些細な出来事から勝手な憶測をして心を黒く塗りつぶされるような気持ちになったり、まさに運命の恋をするトムはとてもキュートだった。
ストーリーだけなぞるとサマーはとんでもなくエキセントリックな女性になるのだけど、ちがう。サマーにとってトムはただの楽しい偶然で運命じゃなかったんだ。

物語の最後にトムが自分はただの偶然だと見過ごそうとしたことを運命へと、主体的に変換させることに私は強烈に共感してしまうのだ。

最初から運命と呼べるものはないけど、偶然を運命にすることはできる。たぶんね。

岐阜のサンデービルヂングマーケットへ行ってきたよ

どうも、rintaroです。

9月の日曜日に岐阜へあそびにいってきました!
毎月第三日曜に柳ヶ瀬商店街では"サンデービルヂングマーケット"というイベントがひらかれているんです。

なんでもおいしいキッチンカーやかわいい作家物のお店がたくさん出店しているすばらしいイベントとのこと。帰省中の妹と弟を誘って行ってみることにしました!

 

続きを読む

時には昔の話を

昔話をします。

じつはいまの恋人とはじめて会って握手したときは握手しながら、ああ、とんでもない人と出会ってしまったと思った。相手はそれはもう完璧だった。表情も振舞いも会話も、すべて完璧で、ああ、しまったと思った。長くは話さなかったけど話さなくてもとんでもない人に出会ってしまったと思っていた。あまりに完璧だったので、当時おたがいそれぞれパートナーがいたなんていう状況以前に、この人とわたしは釣りあわないからおつきあいすることなんてありえないし、一生、完璧な人と出会ったのにその人とは良くて友人という接点だけで生きていく、私の人生はそういう人生になったのだと、一瞬で惚れてその直後に人生がいままでと違うものになってしまったことを感じながら、握手をかえしていた。

これから先、ぜったい手に入らない人生を感じながら生きていくんだと分かったらもう笑うしかなかった。

あのときの出会った喜びと同時に感じた絶望を一瞬で受けいれて笑った自分にいまでもゾッとするのです。