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へもか

憶測以上の確定未満

日常の鮮やかな消滅

読書

どうも、rintaroです。

丸谷才一の短編小説集「樹影譚」(1988年)を読みおえた。
若い読者のための短編小説案内」で村上春樹が紹介していたので楽しみに読んだ。

表題作の「樹影譚」は、作家である主人公が壁に映る樹の影に魅了されており"樹の影を密かに愛好する老作家"の話を書こうと思うがこの設定はすでにナボコフの作品で読んだ覚えがあり人に尋ねてまわってみるがどうやら存在しないようなので思いきってその話を書いちゃうと、老作家の古屋逸平は樹の影をモチーフにした作品を書こうとしているのだが古屋自身が"壁に映る樹の影"を好んでおり、なぜ偏愛するようになったのか本人も理由を思いだせなくて、という話。

つまり、丸谷才一の「樹影譚」における作中人物"わたし"の書く作品における作中人物"古屋逸平"が主人公であり、作品の入れ子状態になっている。

この状況が飲みこめる頃には(結構読みすすめなくてはならない)私はすでに文中に迷いこんでしまい、ナボコフや小説の起源など虚実ないまぜのまま、古屋逸平の愛読者だという老婆から自宅を訪問してほしいというおかしな手紙を受けとる。

この奇妙な招待を古屋は狂人なのだろうと考え断ろうとするが、体調を盾に老婆はなかば脅迫(丁寧な手紙がまた不気味)、講演会後の夜遅くに老婆の家を訪ねることになる。

夜、講演会を終え会場から老婆の家へ、一面の闇のなか車が走る。
到着した家は大きな旧家の屋敷で一体に仄暗い。足下を懐中電灯で照らし玄関へ向かう。

じわじわと濃くなる闇に、日常が侵食されていく、あるいは日常から隔たれていくように感じる。

座敷で待っていた老婆は「あなたは私の血縁者だ」と古屋に打ち明ける。幼い古屋はこの屋敷で育ったのだと言う。
ハイハイ狂人狂人と古屋は老婆の昔話を受け流そうとするが、老婆は"樹の影"の話をはじめる。座敷の電気を消し(さらに暗くなる)、古びたランプをひとつ灯す。するとランプが盆栽を照らし見事な樹の影が屏風に映る。

樹の影に満足すると「樹の影、樹の影、樹の影」と三回つぶやいてしまう古屋しか知るはずのない癖も言い当てられてしまう。

幼いあなたがおっしゃったのでございます、「キノカゲ、キノカゲ、キノカゲ」。

真剣に取りあうつもりのなかった古屋は座敷に座りこんだまま終わってしまう。

 

自分の礎だと信じている日常を、そんな確かなモンじゃないでしょうとばかりに得体の知れない異質なものに鮮やかにすり替えてみせる。これでも何が確かだって言えるのか、と。