思いつきで通りがかりの美容院にはいったことがある。
ムンと暑い夏の夕方、土砂降りの雨が降りはじめて目にはいった道の脇の美容院に逃げこんで、「カットしてもらえますか」と頼んだ。
髪を濡らして(もう十分に濡れていたけど)天井から床までの大きな窓のまえの席に座らされると、雷と雨が視界いっぱいに荒れ狂っていた。
小さな音量のFMラジオと時折ピシャリと空気を割いて鳴りひびく雷と鋏の音を同時に聞いているのが不思議で、丸太小屋風の小さな美容室に雨と雷に閉じこめられていると思うと意外に心地よかった。
大学生の当時、散歩していた恋人も一緒だったはずだけど美容室では一言も話さなかった。話すほど席は近くない。
髪を切りおえられても雨がやまなかったらどうしようかとぼんやり思ったけど、髪を乾かしてもらっている頃には雨も弱まっていた。
美容室を出ると雨はあがってもう夜が近かった。ずぶ濡れの道路にひとりも人がいなくてあまりに静かで、指で髪を梳くと軽かった。
断片的だけど思いつきはそれだけでなぜか鮮やかに記憶している。当時の恋人もこの日の美容室は覚えているんじゃないだろうか。覚えてないかな。なにか最近は思いつきをやってみたっけ。